投稿日時:2023年04月10日
灰本クリニック 灰本 元
1.欧米と東アジアの違い
LDL-コレステロールが虚血性心疾患へ及ぼす悪影響、それを下げる薬のスタチンは虚血性心疾患の発症を防ぐ、そのような研究はおびただしいほどの数が欧米で発表されている。それは欧米人(コーカサス人種)では虚血性心疾患による死亡が死因の第一、総死亡の30%以上を占めていたからであって、われわれ東アジア人(モンゴロイド)のせいぜい5-7%程度と大きな違いがある。われわれの総死亡の30%以上を占めるのは癌死である。
そのような状況でLDL-コレステロール値が欧米人と東アジア人で同じでよいはずはない。2010年に日本人の大規模観察研究でLDL<100で総死亡が減るとの報告があり、人間ドック学会もLDL-コレステロール適正値は180と発表されているにもかかわらず、一向に日本人のLDL-コレステロールの基準値が上がらないのはどういうわけだろうか。基準値を決定している学会中枢の医師、とくに循環器や糖尿病専門医と製薬メーカーとの癒着や彼らの勉強不足が最大の理由と考えられる。
2.韓国65歳以上の140万人、7.7年追跡の報告
2022年に65歳以上の高齢者140万人を7.7年追跡した大規模なLDL-コレステロール値と総死亡、心筋梗塞発症、脳血管障害発症の論文が発表された。LDL-コレステロール値は50~200まで調査されており世界でも最大規模の長期観察研究である。2010年の日本人の観察研究は10万人規模なので桁違いであり、おまけにスタチン服用・非服用者別にも解析されてあった。かゆいところに手が届く研究結果であった。
まず、LDL-コレステロール値と心筋梗塞および脳梗塞をみよう(図1)。LDL-コレステロール値が高ければ高いほど心筋梗塞も脳血管障害の発症も増えている。これらの疾患の“発症”との関係であり、死亡したかどうかではないことに注意して欲しい。
次に、LDL-コレステロール値と総死亡である(図2)。このグラフはどんな疾患で亡くなったかどうかではなく、疾患も事故も含む総死亡である。驚くべきことに120より低くなればなるほど総死亡が増えている。心筋梗塞や脳血管障害による死亡が増えるはずはないので、韓国でも死因の一位を占める癌、それに肺炎などによる死亡が増えたと考えるしかない。
それではスタチンを飲んで120以下に下げると心筋梗塞の発症は減るが癌死が増えるのではないか、そんな恐ろしい疑問が湧いてくる。それに答えてくれたのが次のグラフである(図3)。スタチンを飲んでいるのは左、飲んでいないのは右である。
LDL-コレステロールが下がっても死亡リスクは増えるどころかむしろ減っている。スタチンを飲むことによって心筋梗塞が減ったのがその理由と考えられる。一方、元よりLDL-コレステロールが低いのでスタチンを飲む必要がない人では、LDL-コレステロールが100以下になると総死亡が増えている。図2の総死亡が増えた人たちは、スタチンを服薬して下がった人ではなく元からLDL-コレステロールが低い人たちであった。
3.ヨーロッパのLDL-コレステロールと癌死
欧米ではスタチンの服薬によって心筋梗塞死は年々減少しつづけ、長らく死因一位であった心筋梗塞死は2位の癌死と同等になりつつある。
2020年デンマークから一般住民10万人を9年間追跡してLDL-コレステロールと癌死との関係が報告されている(図4)。図の青は癌死リスク、黄色はLDL-コレステロールの分布を示す。
LDL-コレステロールが143 mg/dl以下になればなるほど癌死が増えている。欧米でもLDL-コレステロールが低いと癌死が増えるのである。LDL-コレステロールと総死亡は韓国とほぼ同じなので割愛した。
4.まとめ
①LDL-コレステロールは低ければよいと単純に結論づけられない。
②一方、自然に100未満に下がっている人たちは脳心血管障害の発症が少ないと喜んではいられない。癌死が増えることに最大の注意が必要である。
③心筋梗塞や脳血管障害の発症を抑えるためにスタチンを積極的に服薬して100前後まで下げるべきである。
5.引用文献
Noda H, Iso H, Irie F, Sairenchi T, Ohtaka E, Ohta H. Gender difference of association between LDL cholesterol concentrations and mortality from coronary heart disease amongst Japanese: the Ibaraki Prefectural Health Study. J Intern Med. Jun 2010;267(6):576-87. doi:10.1111/j.1365-2796.2009.02183.x
Lee YB, Koo M, Noh E, et al. Myocardial Infarction, Stroke, and All-Cause Mortality according to Low-Density Lipoprotein Cholesterol Level in the Elderly, a Nationwide Study. Diabetes Metab J. Sep 2022;46(5):722-732. doi:10.4093/dmj.2021.0225
Johannesen CDL, Langsted A, Mortensen MB, Nordestgaard BG. Association between low density lipoprotein and all cause and cause specific mortality in Denmark: prospective cohort study. BMJ. Dec 8 2020;371:m4266. doi:10.1136/bmj.m4266
新たな健診の基本検査の基準範囲 -日本人間ドック学会と健保連による150 万人のメガスタディー- 日本人間ドック学会・健康保険組合連合会 検査基準値及び有用性に関する調査研究小委員会 2014年
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