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肥満パラドックス その2 ―メタボリック症候群はトンチンカン―

投稿日時:2018年04月27日

灰本クリニック 灰本 元

 前回書いたように、「小太りあるいは肥満は長生きで、やせの方が早死」を肥満パラドックスと呼びます。パラドックスとは逆説や矛盾の意味しますので、肥満パラドックスの背景には「肥満の人たちの方が健康ではない、メタボリック症候群を発症する」という一見正論に見える前提があるからです。肥満パラドックスが本当ならメタボリック症候群が間違いなのかという疑問がわいてきます。そこで今回はメタボリック症候群について解説します。

 メタボリック症候群は1990年台にアメリカで糖尿病と心血管障害の発症を予防するために提案された用語です。アメリカでは死因の第1位が心筋梗塞なので(日本の第1位は癌)、この言葉には“糖尿病と心血管障害の発症”を予防したいという強い気持ちが表れています。日本とアメリカではその診断基準は少し異なりますが、肥満(BMIで表す)あるいは腹囲で表す内臓脂肪の蓄積を背景として血糖値、血圧、中性脂肪が少し高めでHDLコレステロール(善玉)が少し低めの状態をメタボリック症候群と定義されています。これらは将来の糖尿病や心血管障害を発症しやすい病態です。2008年のメタボ健診とはそれを予防する目的で作られた国家的な事業でした。

 肥満あるいは内臓脂肪は血液の脂質異常(中性脂肪とHDLコレステロール)や血糖値の上昇を介して心血管障害が発症しやすいことは間違いありません。そのような研究はおびただしい数あって、動脈硬化や糖尿病を専門とする医師たちによって研究されました。そのほとんどは数千人規模の患者をせいぜい長くても5年程度追跡した結果を解析したものでした。したがって、これらの研究やメタボリック症候群の診断基準の作成には比較的狭い範囲の医師、学者が参加したことになります。10万人を超える大規模かつ10年以上にわたる長い期間で肥満(BMI)と死亡の関係を研究していた疫学者は含まれていませんでした。

 メタボリック症候群では肥満で腹囲が大きいある人が数年後に確かに心血管障害を“発症”して、その後、5年後、15年後にその患者はいったいどうなって行ったか、生きているか、死んでいるかをまったく調査していません。図に示すように、肥満で腹囲が大きいAさんは検診でそれを指摘されました。確かに3年後に糖尿病を発症、5年後には心筋梗塞を発症しました。しかし、心筋梗塞を生き延びて12年後には癌を発症、それも生き延びて20年後に肺炎で亡くなりました。メタボリック症候群は心筋梗塞発症した5年間までの調査を基盤にしているのです。一方、亡くなるまで20年間も調査を続けて導き出されたのが肥満パラドックスです。

 このように肥満パラドックスは10万人~100万人の患者や住民を10年~20年も死ぬまで追跡して、どのBMI(肥満の程度)の人たちがあらゆる死因となる病気を乗り越えて「死ななかったか」にこだわっています。一方、メタボリック症候群は数千人の患者や住民をせいぜい5年の追跡で「糖尿病や心筋梗塞を発症したかどうか」にこだわっています。メタボリック症候群がトンチンカンな理由の一つはここにあります。

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 Aさんは肥満がありますが、もしかすると肥満があったからこそ心筋梗塞も癌さえも乗り越えられたかもしれません。やせて腹囲も小さいBさんは心筋梗塞や糖尿病を“発症しなかった”のですが、癌で“亡くなりました”。やせたBさんはもしかするとやせていたからこそ癌を乗り越えられなかったかもしれません。メタボリック症候群では太ったAさんはやせたBさんに比べて不健康と診断されますが、不健康なのはむしろやせたBさんではないでしょうか。健康とは“糖尿病や心筋梗塞にならないこと”だけなのでしょうか。 それとも、あらゆる病気を乗り越えて生き延びた人なのでしょうか。答えは後者に決まっています。ひとの病気は糖尿病と心筋梗塞だけで成り立っているわけではありません。日本人の死因の第1位は癌、第2位は呼吸器疾患(主に肺炎)で、この二つで65歳以上の半数が亡くなります。この二つの重大な疾患、癌と呼吸器疾患をメタボリック症候群では完全に無視しています。メタボリック症候群がトンチンカンな理由の二つ目はここにあります。

 メタボリック症候群とは少人数で短期間しか追跡しなかったこと、糖尿病と心血管障害の発症しか追跡しなかったこと、日本人の死亡の1/2を占める癌と肺炎が欠落していること、死亡するかどうかを考慮しなかったこと、たくさんの欠陥やトンチンカンがあります。その結果、その後に登場した肥満パラドックスによって完全に否定されてしまいました。メタボリック症候群とは一部の臨床医によって作られ、21世紀の初頭に咲いた虚構、あだ花と言えるのです。


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